#04

中津 由利加 MAISON EUREKA デザイナー

回顧録

2020.08.03

最後に袖を通したのは高校の卒業式だ。私が通っていた高校はソックスやローファー、鞄、冬はコートまでが全て規定。校章のワンポイントが入った短めのソックスをできるだけ伸ばしてみたりして紺色の長めのプリーツスカートとのバランス探ったものだ。学校にはとりわけ強い思い入れはなかったものの、時代に合っているとは言い難いクラシカルな制服自体は嫌いじゃなかった。特に冬は黒タイツにローファー、それに紺色の丸襟コートを合わせると、なんだかレトロで清楚な大人の気分になった。これがダブルガゼットのブリーフケースタイプの鞄と良く合っていた。髪型にまでルールがあったし、眩しいレイト90’sを生きる好奇心旺盛で散漫なの年...

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#03

藤戸 剛 FUJITOデザイナー

「カジュアルで一番はなんやと思う?」

2020.07.03

「カジュアルで一番はなんやと思う?」 ひとまわりほど歳の離れた師匠に質問され、僕はとっさに「ヘインズの3枚Tシャツですかね」と答えた。二十歳そこそこの自分にとっては悪くない返答だったように思うのだが、もちろん不正解。 「ジーンズやろ」師匠の答えはいつも明快だ。ジーンズは19世紀後半に主に鉱山で働く労働者のために作られたパンツ。誰しもが履いたことのあるまさに定番のパンツであるが、元来作業着でありそのディテールの多くに今日のカジュアル衣料の基礎となる要素が詰まっている。確かにそうだと、僕は師匠の言葉を頭の中で繰り返していた。 それから数年経った2002年の春、僕は自分のブランドを始めるた...

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#02

小口 大介 フリーランスプロデューサー

憧れの背番号10

2020.07.03

ユニフォームを着る ということがこれまでの人生で殆どのないのだが、小学4年から6年の3年間、真正面から向き合っていた少年期のよどみなき想い出が、新緑の木々や柔らかい日差し、適度な湿度を含んだ風の匂いと共に今も心の中に蘇る。 札幌の隣町、当時人口4万人の小さなベットタウンで育った。北広島(約40年前は札幌郡広島町)という地名は明治初期に広島県からの入植者が開墾をしたことに由来する。その小さな町に「カープジュニア」という地域ごとに分かれた少年野球のチームが存在していた。御察しの通り、「広島東洋カープ」インスパイア系の少年野球チームで、小学校の学区毎とに「大曲カープジュニア」、「東部カープジュ...

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#01

ギュウ 「つどい」店主 

ユニフォーム、酒、演歌

2020.06.03

自分はラーメン屋なんですが、店内がかなり暑く、年中、真冬でもTシャツ、ワークパンツ、前掛けというスタイル。動きやすく丈夫な物を選んでます。特にパンツが丈夫な物でないとすぐ破れるんですよ。毎回同じところが。汚れるところも一緒。動きになにかクセがあるんでしょうけど。なのでユニフォームや制服の人を見ると、汚れてるところ、ほつれてるところが気になる。その人のクセが出るから。 よく行く立ち飲み屋に作業着で楽しそうに呑んでるオジサン達が沢山いて、やはり立ち飲み屋には作業着がよく合う。憧れは、工務店の方とかが着てるセットアップの物とニッカポッカなんです。そういえばうちの爺ちゃんが大工でいつもポケットが...

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